帰る道中に考えたこと その3

今回は、「『悪』について」です。
※矛盾、アホ丸出し、厨二病といった表現が含まれます。


なんか、「僕は悪になってしまった」とか言う登場人物、良くいるじゃないですか。
それへの反論です。

「悪になってしまった」と言えるという事は、他の人がしていることを善行だと分かっていて、自分のしていることは悪行だという事が分かっている訳ですよね。
それで、罪悪感を感じる、または後悔してる訳です。
じゃあ、別に悪じゃないじゃないですか。罪悪感を感じている。後悔している。つまり、自分を悪と言えるという事は、その人が悪よりも多い善の心を有しているという事じゃないですか。

「人は全員悪なのだ」というセリフがよくありますけど、悪と区別するには善を知らなければいけません。
じゃあ、どうやって知ったのか?言った本人が善であるか、だれか善の人を見た事があるからでしょう。じゃあ、全員じゃないじゃないですか。

「大人になると悪になる」
違うでしょう。大人になると悪というものが社会にあるという事を知っていくだけで、悪にはなりません。
または、自分の過去やったことが悪だったと後悔し、そんな言葉を残すだけ。後悔するという事は(ry
大人になったら、社会の中の悪を見つけ、悪を知るだけ。別に悪になるのではないのです。

断言しましょう。完全に悪な人なんていません。なぜなら、その悪をしたってついてくる人にとっては、それは自分たちにとっては正義なのですから。ほら、悪じゃないでしょう?
よく、「〜戦隊」とかテレビでやってるじゃないですか。あれに、必ず悪役っていますよね?でも、あの悪役からしたら主人公たちって、どうなんでしょうね?自分たちの野望を、夢を、長年積み重ねてきたものをぶち壊していくヒーローたちって。
悪役から見たら、そっちの方が悪者ですよね。
つまり、要は価値観の問題なんです。価値観の違いで、正義(善)と悪は変わるんです。


猛スピードで並べたてましたね。

あと、何かよく勘違いしてる人がいますが、正義だったら何でもしていいわけじゃないんですよ?悪は必ず敵だからどれだけフルボッコにしても良い訳じゃないんですよ?
某有名RPGでは、なんか勇者が勝手に不法侵入して、かってに樽とかツボ壊して、他人のタンスとか勝手に開けちゃってますけど、何でもしていいわけじゃないんですよ?


今日は、「愚痴」も投稿しております。よければ、読んでいってくださいませ。